超短編カルテコラム
カルテ1~10 カルテ11~20
|
| カルテ1〜ONE LIFE♪ |
|
|
|
彼の鍼灸師としてのスタートは杜撰なものであった。初めて診た患者さんは、手の腱鞘炎の方で、教科書通りに所見をとり十分な病態把握もしないまま、
圧痛点と一致する『陽谿』のみに鍼を置鍼すること20分、治療を終えた。
今でも忘れないと彼は言う。その患者さんの「おおきに、楽になりましたわ」と深々と頭を下げて病室を出る姿を。彼の心の中には、正直どうしていいのか分からないまま施したにも関わらず、丁寧なお礼を残し帰っていかれた患者さんに、どうしようもないほど申し訳ない気持ちで一杯な自分が居たと言う。
この時初めて彼は『お金を頂いてお礼を言われる』仕事に就くのだと理解した。以来、本当の意味で自分の仕事に対し『ありがとう』と言ってもらえるようになりたいと本物の鍼灸治療を追い求めている。あれから10年どれだけ本物の『ありがとう』を聞けたのだろうか?追い続ける日々は今日も続く。
|
| カルテ2〜風に吹かれて♪ |
|
|
|
4月のある日、麦わら帽子をかぶった一人のアメリカ人が治療院にやってきた。
彫りが深く大きな目でニコッと笑い陽気なその性格は私のアメリカ人のイメージにぴったりの人だった。片言の日本語で一生懸命自分の症状を説明してくれた。話によると彼はストリートミュージシャンをしていて、背中にドラムとシンバルを背負い、肩からギターをぶら下げ、首にハーモニカを固定して演奏していると言う。そんな彼の姿は容易に想像できる。もちろんトレードマークの麦わら帽子は欠かせない。そのスタイルから首肩に負担がかかるのだろう、肩から腕にかけて痛みと痺れがあると言う。彼は、南から桜前線にあわせて日本を移動し、花見で賑わう場所で演奏を披露している。ほろ酔いのサラリーマンがチップをはずんでくれるそうだ。彼に招待され花見で賑わう公園に行ってみると、大きな人だかりがあるのにすぐ気がついた。その輪の中心にイメージ通りの彼が艶やかな服装で身をまとい陽気に歌う姿があった。ギターを弾き、時にハーモニカを吹き、器用に足を使って背中のドラムとシンバルを操っている。
桜が舞う公園で楽しいひとときをみんなで過ごした。最後にボブ・ディランの
「風に吹かれて」を私のリクエストに応えて演奏してくれた。
毎年桜の咲く頃になると、「風に吹かれて」を聞きたくなる。その後彼を見る事もなく治療院に訪れる事も今はない。
|
| カルテ3〜言葉にできない♪ |
|
|
|
ダウン症の患者さんがいる。もう10年以上の付き合いだ。彼は成長したが、心は初めて会った頃のまま天使のような純粋な心の持ち主だ。弱き者の力とでも言うのか、不思議と私の心も洗われる。安い時給で作業所の仕事をし、その給料で靴下やTシャツを買っては自慢げに話してくれる。120円の缶ジュースを買うのに小銭入れを覗き込んで、どうしようか?と迷っている。そんな彼が大好きだ。
|
| カルテ4〜READ'EM AND WEEP♪ |
|
|
|
テレビのニュース速報にて東名高速道路で起こった交通事故を伝えるテロップが流れた。彼女は「はっ」と思った。東京在住の息子さんが名古屋に出張で来ていた。帰宅のため分かれたのは6時間前のことだった。この日の事は今でもよく覚えていると彼女は言う。「帰るねー」と声をかけて息子さんは出て行った。今回は珍しく『バイク』で出張に来ていて、いつもより「バイクだから気をつけて!」と念入りに彼女は声をかけて見送った。20〜30分後に「忘れ物をした」と引き返してきた。この『忘れ物』もしっかり者の息子さんには珍しい事だった。いつもと違う条件が2つ重なった。もう一つ、東京で「自分の誕生日を祝って欲しい」と父の帰りを心待ちにしていた娘がいた。きっと急いでいたのだろか?息子さんは車線変更車との接触事故に巻き込まれてしまう。
ひょっとしたら『バイク』、『忘れ物』、『娘さんの誕生日』が無ければ、この瞬間は無かったかもしれない。静岡県三島市の病院に家族が集まった数時間後、処置の甲斐もなく息子さんは息を引き取った。息を引き取る際、ひと雫の涙を流したと言う。息子さんの無念さはその涙が全てを語っているのだろう。
|
| カルテ5〜アトムの子♪ |
|
|
|
彼は小学5年生、治療院に10年通っている。初診時の状態は目を開ける事もなく、グッタリと横たわり、時折四肢をピクピクと痙攣させる。それを繰り返すだけだった。彼の診断名は「てんかん」で1日に60回以上の発作を起こしていた。我々スタッフも手探りの状態での鍼灸治療となった。彼の母親は365日のうち300日は治療院に通っただろうか?それにしても母親の愛情と必死さを感じる日々だった。時は流れ現在、小学生になる彼は奇跡的に症状が完治している。しかし当時の投薬により脳の発達遅延があり、脳と体のバランスが悪く周囲の人々の誤解を招いている。学校においてそれははっきりと現れている。『いじめ』だ。彼とはメールにて治療所で話せないことをやり取りしていて、その中で初めて彼自身から知らされた。ショックだった。周囲の子供達は、大人達の彼に対する対応の仕方を見てその関わり方を学ぶものだと言われている。だとすれば、『いじめ』の原因の大部分は大人達にもあるということだ。彼の存在を認め、現時点での障害を認め、個人としての価値を持たせ、長所を褒めてそれを伸ばすよう彼自身に自信を持たせなければ解決の糸口は見つからないのではと感じている。子供には無限の可能性が秘められていることを大人は忘れてはいけない。胸を張って歩ける日がきっと来る!!
|
| カルテ6〜Remember My Name♪ |
|
|
|
彼は19歳。高校を卒業し、とある作業所にてリハビリを兼ねた社会復帰訓練を行っている愛くるしい笑顔で周囲を和ます好青年だ。一見誰が見てもその障害には気づかないほど外見は健康そのものだ。彼が抱えるその障害は『長期記憶障害』新しい記憶が脳に入力されても10分後には全て削除されてしまうのだ。原因はアメリカンフットボールの夏合宿の場で、脳挫傷と熱中症による後遺症であった。病院での機能MRIにて脳内の糖代謝が悪く、また海馬の血流も悪いと判明。現在も鍼灸治療を併用するも残念ながら著効は認められない。おもしろいことに、CMや音楽や人の名前などは興味があり、印象に残るとしっかり覚えていることもある。完全に記憶の回路が破壊されている訳ではないようだ。現在、手帳に記憶中枢の代行をさせ、上手に周囲の人たちと関わって行けるようになってきた。しかしその代償として自分の記憶能力を向上させる試みは忘れられているようだ。19歳の彼にとって、この現実を背負って生きて行くのは大変な事だろう。
|
| カルテ7〜キズナ♪ |
|
|
|
彼は、男3人兄弟の末っ子。兄弟喧嘩が耐えない日々。男兄弟にはよくあることだ。しかしそのいつもの光景に悲劇がおこる。その時もいつもの喧嘩のように思われたが、兄が彼を突き飛ばした時に状況は変わった。彼は頭を床にぶつけてしまい運悪く脳内出血を起こしてしまう。以後、彼には左側に麻痺が残ってしまった。何より家族が背負う彼に対する思いは私には想像もつかない。
現在、当院には毎週その兄がつれてきてくれる。彼とは長い付き合いになったが不自由な体を精一杯使って仕事をし、自分の家を建てた。それでも、今も事故を起こした頃の話しをすると目に涙を浮かべて私の顔を見つめる姿は忘れる事ができないだろう。
|
| カルテ8〜人生が二度あれば♪ |
|
|
|
世の中にはついていない人がいるものだ。彼は若く前途洋々のはずだった。
ある日一本の電話から事態が急転する。交通事故だ。彼は車の運転中、後方から追突されてしまう。避けられない事故だった。症状は頸部挫傷でムチウチ症状となった。ここまでならよくある話である。治療継続中になんと二回目の追突事故が彼に襲いかかった。これも避けられない事故だった。随分症状も良くなっていただけにかなり精神的ダメージを受け、ウツ状態に陥った。会社に行っても気分が悪く、早退、欠勤を繰り返し、あげくに長期療養として休職することとなる。しばらくして会社からも見放され、退職。彼女からも見放され失恋。社会的地位を失いもっと深い闇へと自ら身を投じた。時間をかけて回復し、新しい仕事に就くが、そこでも会社のトラブルに巻き込まれ退職、自暴自棄になり再び闇の世界へと誘われ、そこに迷い込む。何度となく自傷行為に走ってしまう。しかし彼の不運はまだまだ続く、三回目の事故だ。バイクに乗っていたところ前方の車がスピンし、そこに突っ込んでしまい衝突、肩甲骨を骨折してしまう。新しい仕事と彼女が見つかった矢先の出来事だった。
症状は治って行くが「これからだ!」と言う時に決まって事件が起こる。ついていないとしか言いようがない。そう諦めるしか心を落ち着かせる術がないような気がする。でも一つだけ彼が幸運の持ち主と言えるのは、必ず、
仕事と彼女がすぐ見つかる事だ。
|
| カルテ9〜あしたははれる♪ |
|
|
|
一瞬の闇に迷い込んだ患者さんがいた。美しい容姿とは逆にその心と体は自ら傷みつけようとでもするかのように荒んでいた。治療を重ねても痛いところが次から次へと出てくるのです。「この患者さんは治りたいのだろうか?」
半年もの間イタチごっこを繰り返す中、とんだ事から状態が好転することなる。
それは、何となく話した動物の話題から全てが始まった。駐車場が込み合い車の移動を余儀なくされてこの患者さんの車に乗ると、そこには犬のキャラクターが至る所に存在するのに目がいった。治療室に帰り、その事を口にした瞬間、
大きな瞳から大粒の涙をポタポタと流し、語り始めた。「1年前、念願だった子犬を買ったの。それは可愛くて、いつも抱きしめていないと気が済まないほどだったわ。こんなに可愛がっていたのにびっくりする物音に抱っこしていた子犬を落としてしまって、打ち所が悪かったようで数日後に死んでしまったの。自分が殺したの・・・・。」その後はただただ涙だけが流れている。「このことは誰にも言えなかった」と患者さんは呟く。はじめて、口にして少しホッとしたのかその日は帰る頃には笑顔が伺えた。自責の念がこの患者さんの病の根源だった。この時患者さんの苦痛を身近な家族が、友人がもっと早く聞いてあげられたら、もしくはもっと早く話せられたら・・・と希薄な人間関係の問題を浮き彫りにした。
|
| カルテ10〜MR.LONELY♪ |
|
|
|
突然彼女はこの世を去った。誰にも気づかれる事なく、一人部屋の中で。
私にとっては本当に大切な患者さんで、私を鍼灸師として育ててくれた方の一人であった。彼女は糖尿病を患い、血糖値も高く神経症状も伴う様な状態だった。内分泌科を受診するよう勧めるが言う事を聞かず、食事療法と鍼灸治療と知り合いの薬剤師さんからのお薬だけで管理をしていた。ご主人と二人三脚で会社を経営し、ご主人が亡くなった後も老いた体に無理をして会社の事務を担当していた。「お父さんが築いた会社だからね!」といつも言っていたのを今も覚えている。そこに居るとご主人といっしょに居られるような気がしていたのだろうか?とにかく無理をしていたようだ。しかし誰も彼女を止める事は出来なかったと思う。そう言う性分なのだから・・・。未熟な私の治療に心を開き長い間治療させて頂き本当にありがとうございました。今、私は何か壁にぶち当たると「がんばりなさい」とどこからか声が聞こえてくるような気がする。優しく見つめる笑顔がそこにはあり彼女がそこに居るような気がする。
安らかに眠ってください。ご主人とは会えましたか?
|
| カルテ11〜NO SURRENDER♪ |
|
|
|
師匠が診るある会社の社長さんがいる。私が師匠の鍼灸院を辞める寸前に3回ほど続けて治療させて頂く機会を得た。その社長さんはいつも「遊び過ぎだ!」といって自分の身体的な診断を自らされていた。ゴルフ、接待、海外出張から帰ってくるとまたゴルフの話し・・・こんがり焼けた肌を見て私も納得をしていた。最後に見せて頂き、その印象は一変した。と言うのは、この社長さんは神経をすり減らしながら自分のために、会社(社員)のために、家族のためにと頑張っている人なのだと、頸部の筋群を触診した時に伝わってきた。やはり背負っている物が違うのだと感じた。『企業発展の鍵を握るのはあくまでも「人」です。そして人が成長するには理論や教育だけでなく、「チャレンジする」ということが大切です。最初は小さな事から、少しずつ大きな仕事にチャレンジしていく、その経験や実績が人の成長に結び付きます。たとえ失敗しても、そこからは様々な教訓が得られますし、さらに大きな成長の糧になるはずです。』とメッセージを残している。さらに『しかしそれ以上に君たちには、幅広い趣味、交友関係など、人間としてすばらしいものを持ち、バランスの取れた人間として成長することが大切であると思います。人間としての成長は必然的に仕事の上での成功や、企業の成長をもたらします。そしてやはり年老いても尚、チャレンジする心を失わないでいただきたいと思います。若さというのは年齢には関係なく、どれだけエネルギーを燃やし続けられるかなのですから。』私に勇気を与えてくれた。
|
|
|